1966年に悪名高い「ビーチングの斧」政策で廃線になった旧GCRのBrackley Central駅。
駅舎はその後、長いことタイヤメーカーの事務所として使われていましたが、2018年に退去。競売にかけられることになって、開発業者が取り壊して住宅地を造成するという噂がたち、住民が保存を求める活動を起こしていると、地元紙で報じられていました。

どうなったのかと気にしていたのですが、なんと今月、建物をそのまま使って、「Brackley Central Cafe」というカフェがオープンしたそうです。

名前が示すとおり、駅がモチーフになっています。カフェのロゴもなんとなく、往年の駅名標を彷彿とさせる感じ。店内には、廃線に先立つ3年前、Brackleyの信号所(Signal Box)が廃止になった日に信号手が書いた詩「The Signalman’s lament」(このサイトに全文が掲載されています)が額に入れられて、飾られています。
オープンを報じる地元紙の記事によると、店長はオープンの日に立ち寄った客の1人から声をかけられ、それがなんとその詩を書いた信号手の息子だったんだとか。
実はこのブログ管理人の個人的な話ですが、数年前にイギリスの鉄道に興味を持ち始めたころ、GCR(Great Central Railway) の存在を知り、YouTubeで最晩年の動画を見つけました。田舎を走る蒸気機関車が到着したのは、「Central」という名前がつきながら、島式1面2線のノンビリとしたBrackley Central駅。

で、Google Mapで何気なくBrackleyのあたりを見てみたら、衛星写真にはっきりとした明らかな廃線跡を発見。さらに、Top Station Roadという通りの名前にピンと来て、ストリートビューを見てみたら、そこにあったのは、Brackley Central駅の旧駅舎でした。

日本にいながらにしてこんなことができるなんて、と本当に興奮しました。イギリスの鉄道に熱中するきっかけをつくった駅といっても過言ではありません。
地元の人が願っていたとおり、駅の記憶を残したかたちで建物が新たに使われるようになったことはとても嬉しいです。日本から何もできませんが、心から応援しています。
